いつからか僕の頭の中にあなたがいる
さっきまで康平とLINEしててエイリアンの話とかルパンの話とかそういうためになる話をしてたんやけど、その流れで中山ヒデちゃんで1ミリも笑ったこと無いって話になって、ふっと「そう言えば、南原もおもんないよな」って思った。


多分、俺と年の近い人たちはみんなどこかしら「南原おもんない」と思ってるはずなんじゃないかな。原因は全部、南原がおもんないから。
俺の場合、ある程度の年までテレビに出る人はみんな面白いっていう思い込みがあってそれを疑うことはなかった。
でもある日「笑う犬に南原いるか?」と気付き初めて、「考えてみればやるならやらねばも、これができたら100万円もウリナリも気分は上々も、南原そんなに面白くなかったな」ってさかのぼって、「南原って普通の感想を声張って言ってるだけの人やん」という確信に至った。
南原は面白くないし、気分は上々の最後のフリートークもウッチャンあれ気を使って笑ってる。
そう気づいた。


一度おもんないと気づいてからはもう何しても「サムい奴が何かしてる」くらいのノリで、見れば見るほどおもんなく感じて、しばらくテレビで見かけない時期が続いたことからも世間のみんなも同じやったことがわかる。
あれなんなんやろね。いっぺんこいつあんまおもんないと認定してしまったらホントはクスっときても悔しいだけやし、クスっと笑ってるくせに「この程度か」みたいに思っちゃうよね。
テレビで見ない時期はせーせーしてたね。

そういえばテレビで見ん時期に落語始めたとか聞いてうんざりしたな。おもんない奴はテレビに出てないときもおもんない。
タレントが文芸回帰で芸の幅広げるとか言い始めた時の「まーたおもんないやつがいちびって!キモチワル~」感は異常。
鶴太郎、お前のことやぞ。

それになんかの刑事ドラマで犯人サイドの大物って感じの大きめの役もらってたのに大根過ぎて酷かった。

南原は何をやらしてもダメなんじゃないか。



で、そういうことをいろいろ考えながら康平に「昼にやってる番組もあれ南原いらんよな」って送ったらとんでもない返信がきた。



「すでに南原はいない」



え、どういうこと?南原はいない?でもウッチャンの横に立ってるやん!



「あれはウッチャンの影や」


あっ


そうかもしれない。


そうだ。



そうだった。



そう言えばイロモネアのくらいのときからナンちゃんの顔見たこと無い。



ナンちゃん、「ウッチャンナンチャンの」とかタイトルに名前入ってるからいるもんやと思ってたけどいないわ。



よくよく考えれば。



考えてみればそうだよ。


ヒルナンデス!


あのワイワイ仲良く盛り上げてるオシャレなタレント集団の番組。




あの出演陣や企画に南原の顔なんて似合うわけない。



お情けで名前が出てるだけで、あのギャグおもんない、コメントおもんない、文芸に手を出しておもんない、ドラマは大根、いいとこなしのイチビリタレントがテレビに出れるわけ無いんだ。



「ヒルナンデス!」もほんとに今は明るいけど朝じゃなくてもう昼なんですよって言いたい番組名なんや。



俺がナンちゃんやと思って見てたのはただの影、遮光の結果、うっすら人型に見えた何かだ。



そんな事象を見て南原を見ていたと勘違いをしてたんだろう。



どおりで「南原のコメント、なにも届いてこないな」と思うはずだよ。



だって、南原はいないんだから。



そう、南原はいないんだから。



半ズボン履いたままブリーフ脱いでた南原は、もう、いないのだから。
[PR]
# by tutomu61 | 2014-07-11 00:07
TED見た。結婚したがるのはいつも女だよな。
テッド見た。
ストレスのたまらないおばかムービーの良作。男なら見て損なし。
俺はTEDだって見ながら何回も思ったよ。
来年30。ケジメとか考えなきゃなんねえ、でも考えたくない駄目人間のための映画。

ほんで改めて自論。
結婚したがるのって女だよな。男がプロポーズした、とかそういう体裁があったとしてそこまでがっぷり四つで押し込むのって女だよな。
「◯◯がプロポーズの言葉なんですー」って言ってるアホ女は大概自分から言わしてるよな。

ほんと、友達が結婚するって言うたびに思うもん。
お前ほんとにしたいの!?って。
e0052676_22512167.jpg

[PR]
# by tutomu61 | 2013-10-16 22:51
風立ちぬを見たので宮崎駿について思うこといろいろ
「風立ちぬ」見た。
見終わったあと興奮して、今でもエンディングのひこうき雲聞くとウルっとくる。

ほんで、ジブリ作品の感想で
おもんなかったわー意味わからんかったわーとか、結局アレやろ?平和主義とか自然を大事にってことでしょ?みたいな声聞くたんびに「俺が考えるのはそうじゃないよ!」と言いたいもろもろの気持ちがあって結局それも俺の中の宮崎駿でしかなくて誰にとっても正解の無い話だと思うけど切りがいいので自分の考えをまとめながら感想やら解釈やら書く。俺の中の夏目雅子はうんこしない!レベルの話なのであしからず。

【あらすじ】
主人公堀越二郎はお坊ちゃんで秀才。
絵に書いた優等生で言葉つかいも庶民の子どもよりきちんとしており正義感がある。
子どもの頃から飛行機作りに憧れ、天才故かふとしたときに度々飛行機に関する夢想が始まる。

二郎は東京の大学に通い、親友や将来の嫁と出会う。
やがて愛知の飛行機工場に就職して海外研修に行ったり
挫折したり、嫁とロマンチックな再会を果たして結婚したりする。
この嫁との時間の描き方が本当にキラキラしていてこれだけでもああ、いい映画だなあと思える。
妻への愛と飛行機(夢)への情熱。
誰しも憧れはするもののいつかいい加減で良いやで手放すものを二つに人生をかけた男の話。
ラストシーンが良いんだ。
あと矛盾ということ。矛盾しているものが度々出てくる。矛盾を飲み込むのが大人、そして生きること、ということかもしれない。


【俺なりの駿という人】
・宮崎駿は現実世界の大人が嫌い。消費社会にどっぷりつかったような嘘つきで傲慢な“純粋じゃない”大衆が嫌い。好きなモノを好きと言うときですら人の目を気にしたり、価値の無いものに迎合したり、かっこいい自分になりたくて自分をかっこよくしようとする行為も嘘つきだから嫌い。正しくないことを仕方ないからと飲み込む奴も大人。そいつらのことも内心糾弾しなければいけない、されるべきだと考えてる。
なんだったら自分の作品を見る人自体も嫌いそう。
嫌い方が大真面目。嫌いだからめったにリアルな大人は出さないのか?映画は子どものためにあるべきだとか言っているからある意味NHKがポルノを隠すように世の中にそんなもの無いよってしたかったのかも。
ジブリの善人でも悪人でもあるリアルな大人といえば「ホタルの墓」のおばさんだけどあれは高畑勲監督だ。
自分が知る限りで宮崎作品のリアルな大人は「千と千尋」。千尋の両親はなにかの境界を無神経に踏み込んで未知のものに恐れも持たず食事に手を付けるような傲慢な普通の現代人で、あっさり家畜の豚にしちゃう。「豚さん」じゃなくてただ豚。

・好きなモノは純粋なもの。嘘をつかないもの。利己的であったとしてもそれで自分や他人を騙したりはしない。「欲しいものは欲しい!」と叫ぶ。そういうものをキラキラ描く。
よくロリコンだって言われるのは子どもは嘘をつかないし、純粋なただそこにある存在に近いから。「ぽにょ、ハム好きー」「そうすけ好きー」は穢れ無き純粋な存在が当たり前にとる行動。
だからそういう好きなものだけを見て好きなものだけを「作りたい」のが宮崎駿。ほら、これ見ろ!こんなに綺麗で美しい!っていうのを作りたい。じゃなきゃトトロなんか作らない。

・で、俺はこれが嫌いなんだ!これって醜いじゃないか!俺はこれが好きなんだ!これって美しいじゃないか!ということを真剣に作っている。それをセリフで語らせることもあるけどほとんどは作品全体に埋め込んでいるからいちいち考えなくちゃいけない。だからテーマがあるとしてもいろんなことを読み取れる。文学作品的に評価されるのはそういう宮崎哲学非言語的に刻まれているから。

・矛盾しているところ。
大嫌いな大人たちに対して大好きなきれいなものを自分の心を裸にした作りたくて作りたくて仕方がないものを発表しているところ。
グッズ販売はもちろん映画なんて興行。世に出た瞬間に消費社会にどっぷり犯される。グッズが売れるとか、映画が繁盛するだけじゃなくて、「耳をすませば」のエロ同人なんかが作られたり貨幣以外でもどんどん消費される。
大人の醜い部分を批判してけなしてはいるが、なんでそんな人たちに、そんな世の中に作品を発表するんだ。
宮崎駿は映画は子ども達のためにつくっているとよく言っている。世界はそれほど悪いところじゃないですよ、とりあえず生きてみてくださいというのが千と千尋の頃の言葉だったか。
そんな綺麗事を言ってはいるが結局そういう大嫌いな世界に作品を汚させているのはなぜ?伝わらなくてもつくろうとするのはなぜ?ってなってやっぱりただ純粋に作りたいからだというエゴがある。利己心もあるだろう。宮崎駿も醜いのだ。「業」という言葉があうのかもしれない。そんな業を抱えているような後ろめたいお前がきれいな世界を子ども達に見せたいなんて傲慢(大嘘)そのものじゃないか、という自問自答が最近の作品にはあった。「もののけ姫」のアシタカも、「ハウル」のキムタクも醜い世界でそれでも生きるのかということに答えを出そうとする姿を描かれていた。そしてとりあえずみんな生きることを選択した。

こういう矛盾に対してずっと答えを出そうとしてあまりにまじめにまっすぐ矛盾に向き合っちゃうからこそ、余計に答えを出せずにいたんじゃないかと思う。もののけもハウルもオチをつけなくちゃいけないからそうしただけで本当はもっと正直になったら違うオチになったんじゃないか?
そう思うのはぽにょがあまりに意味不明だったから。
ぽにょなんか本当に世の中への答え、けじめをつけようとしすぎて、支離滅裂な展開で結局最後はみんな死んじゃってるみたいなオチ。あれほんとみんな死んじゃってるよね?
同じくちょっと説明不足過ぎる「ハウルの動く城」も支離滅裂な部分はあったけど一応「この世界は生きるに値しますよ」というオチにはしてあるし、そこは感動する。ぽにょはもう一体なにがなんなのか。
で、宮崎駿がもう今まで形として答えを出してきたことについてこの最後の作品でどうしているか、というところをまだ見てない人には見て欲しいし、見た人にはちょっと考えてみて欲しい。



【他作品との相似点・相違点、ラストシーンの比較】

・「紅の豚」
紅の豚の主人公は一応大人だ。だけど完全な大人じゃないような描き方をされている。レストランのママさんと肉体関係もなさそうだし、フィオに手をつけないところから童貞かもしれないという意味でも。
違う意味で言うと豚という部分がそういうオマージュに思える。(二郎と形は違うが)飛行機に夢を抱くも多くの命が失われる戦争という現実に直面し、なお直視し自分がどうあるべきか答えを出さない姿勢。大人は間違っていても答えを出す。戦争が正しいとか、正しくないとか言えてしまう。でも豚は答えを出さなくていい。
そういう逃げが豚の魔法にはあるんだろう。
二郎との共通点が一番大きいのがこの主人公だろうな。飛行機に夢を抱いてその夢の実現によって命を失う現実に直面する。
マルコは現実に直面しきれずに豚になったままで戻ろうとしない。愛しい人を迎えに行こうともしない。
二郎は悪魔的行為に手を貸したことについて、大きな後悔をしている。ただその現実への向き合い方にはラストシーンの解釈によっていろいろ捉え方が変わる。愛しい人への対応ははっきり違う。二郎は相手の寿命が縮もうが、仕事を優先せざるを得ない自分の性分を知っていようがそれを微塵も改めるそぶりもなく欲しい女を捕まえる。そして幸福な時間は長くはないと知りながら夢に時間も費やすし、そのわずかな2人の時間を猛烈に過ごす。そういう意味では二郎は男だ。男の中の男だ。
マルコはラストシーンですらはっきりとしない。好きな女を誰がなんと言おうと、自分の中の良心がとがめようと俺のものにするという答えすら出したのか出していないのかわからない。
二郎はラストシーンで愛する人へはもちろん夢に対してもまっすぐ正直に生きていたことがわかる。

・「ものののけ姫」
アシタカの旅の理由は、化物の呪いを解く旅。旅の途中、見る世界はジコボウいわく「この世はタタリそのもの」。アシタカには二郎のような心を燃やすような夢はないが、ふたりとも信念には嘘をつかないし(信念に嘘をつかないってヒーローだよな。シュワちゃんとかかっこいいのはそういうとこだよね)一目惚れした女がいる。アシタカはタタリそのものの世の中で、サンに「生きろ、そなたは美しい」という。これがこの映画の全てなんだろうし、最後はでいだらぼっちの命の洗濯が終わった後、今度はともに生きる道を探すことを決める。どちらにせよ希望の見えない世界を「生きる」という選択をしたわけだ。

・「千と千尋の神かくし」
主人公が正真正銘の子ども。ただトトロの姉妹のように純粋な子どもではない。消費社会にどっぷり浸かった即時的で没個性的なリアルなガキだ。彼女の劇中の冒険は基本的には何かを目指してのものではなく、まわりの環境からせまられる選択を受動的に選んでいるだけだ。ただ働くこと、さらに「ともに」生きることの経験を通して成長していく物語。ぱっと考えてあんまり類似・相違点が思いつかんな。
最後に「生きていく」選択をしたことがもののけ姫との共通点かな。
あとこの映画、ラストシーンがすごく好き。
振り返らずに進むってのはどの物語でもよくある異世界での掟だけど、この場合のさびしー感じが最高。
とても期待に胸膨らむ現実世界への帰還って感じがしなくてそういうとこで嘘をつかないんだなあのおじさんは。

・「ハウルの動く城」
主人公はババア。ババアも千尋と同じような受け身。でも本当に宮崎駿が自身を投影しているとしたらキムタク。
キムタクは国に縛られれるのが嫌でひたすら社会から逃げまくる才能ある若者。ただただ穏便に無事故で暮らしたい。でもちょっといい思いをしたい、という生き方。結局権力者の謀略もあり、逃げまわる生き方から自分の人生を生きる生き方を決心するという美しいお話。この映画がわけわからんくなるのは、ババアの魔法を誰がかけたかとか、権力者が最後にキムタクをあきらめた心境とかが説明不足だから。俺の解釈ではババアはハウルは生きるに値すべき人間だと認めたんだよ。あんだけの騒ぎ起こしといてあっさり引き下がるのは宮崎駿がバカなんじゃなくて、それくらい宮崎駿は生きるってすっげー価値があるんだよ!って言いたいんだと思う。

・「崖の上のポニョ」
一回見たっきりだからおぼろげなんだけどあれ最後みんな死んでるよな?
宮崎駿の演出で異世界の入り口って特別な建物とかじゃなくて、トンネルなんだよね。日本の神話でも黄泉の国だったり根の国だったり、洞窟を通ったりする。で、洪水の後のふたり旅でトンネルを通るんだけどあの後の世界で異世界だとなったらもう完全に死後の世界以外の解釈ができない。
あのあとの大団円も基本は死んでる人たちのお話でしょ?トトロの都市伝説は信じんけどこっちは普通にそうとしか思えんもん。
老人ホームのおばあちゃんと抱き合ったり、ちょっとついていけない。「生きる」という選択をしたのか生きているのかすらわからない。


【風立ちぬのラスト】
二郎がいるのは幼少時代に飛行機を夢想した想像の中の草原そっくりの場所。ただ当時と違うのは多くの死をイメージさせる飛行機の残骸が散見されること。夢を叶え、反面現実を知ってしまった証拠だ。
妻が現れる。
もう生きてはいないことはその様子からも伺える。そこで妻がいうセリフが「生きて。」
「風が立つ(夢がある)なら生きねば」というくだりをポスターでも見た。二郎が夢を見続けた場所で絶望している時、それでも尚想像の中の愛して愛して愛しまくった妻の言葉は「生きて。」
むちゃくちゃ泣きました。

ほんでなんか聞いたところによるとこのシーン、ほんとはセリフが違ったらしい。絵が出来上がったギリギリのところで監督の考えが変わったらしい。最後の映画の答えのシーンで、だ。
本当は「来て。」だったらしい。これを聞いても寒イボが立った。
妻との初夜、それはもう本当に美しい結婚式の後のつつましやかできれいな描かれ方なんだけど、その日のとこに入るとき、「今日はもう疲れたろ」という二郎に二郎が恋しくてたまらない妻が言うのが「来て。」だったわけ。
それをここで言わせるのかという感慨と死者が「来て」という意味。つまり死という選択。「もう生きるという贖罪をしなくていいのよ」と言われたかったのか、単に二郎が「死にたい」とおもったがためのものなのか、ラストシーン自体の時系列が終戦後すぐなのか、二郎の死期事態が近い老年なのかによって解釈が変わるのでそこでもいろいろ駿監督最高と思っちゃうんだけど、これを「生きて。」に変えたこと。

不完全な気はするけど天才創作家が迷って迷って自分の最後の作品で出した答えだと思うと、僕はますますこのおじいちゃんのことが好きになりました。
[PR]
# by tutomu61 | 2013-09-19 08:55
人間模様 哀愁交差点 この真中で俺はやれるか
昨日の夕方、西日の差す190号線の交差点で信号待ち。
貧乏臭い日光が眩しくて妙に顔だけ熱いしイライラして舌打ちしながら左の方に目をやったら塾があったわけ。

ありがちな個人指導を売りにしてるようなやつで、外から見た感じ1人1スペースの間仕切りがあってそこに先生がマン・ツー・マンでつくみたいなタイプ。
こっちから見たらみんな基本的に背中を向けて座ってるんだけど、1人だけ男の子がこっち向いててさー。
小学校5年生くらいかな、この春から始めたんだろうけど全然集中してなくて先生がせっかく何か教えてあげてる風なのに机じゃなくてこっちを見てるの。
目の大きい男の子でね。その目がさ、出荷されてく豚みたいな感じで。実際出荷されてく家畜なんてせーぜーアニメマキバオーくらいでしか見たことないけど。ああそんな感じだなってわかるような。
まゆ毛が八の字で自分はなんでこんなとこにいるの?って困惑してるような。

それ見てたらなんか胸がきゅーってなって吐き気がしてきて、青信号なった瞬間逃げるように発信したね。
助けたいけど助けられないもん。
そんなしがない塾で勉強したってなにになれるってんだよ。
もっと遊びたいよなー。別になりたいもんなんかねーよなー。
そんだけ頑張ったってなにがあるんだよなー。

もうでもそれでも運転してる間、ずっとその男の子がこっちを見てる光景をフラッシュバックしちゃって、ああ、あの子はこっちを見てたんだよな、どんな景色に見えたんだろうなとか考えてたら始まったね。


こんばんわ!ワンダ国営放送です!




働いて!




働いて!






働き抜いて!





休みたいとか!




遊びたいとか!





そんなこといっぺんでも!


思うてみろ!





そんときは!






そんときは死ね!




こんばんわ!海援隊です!
嘘です!ワンダ国営放送です!



あなたがた!


あなたがた人間は!



死ぬのです!


e0052676_7245790.jpg



そうです!ワンダ国営放送です!
[PR]
# by tutomu61 | 2013-04-13 07:18
何かわかっても何か聞こえても何がわかっても見落とせ見過ごせ聞こえても聞き逃せ
ほんとなー。今また酔ってるんだけどさー。
前に侑さんやらサブちゃんにも言ったかな、このブログ見返して去年の今くらいのやつ見たらさー。奈津子と侑さんの結婚死ぬほど嫌や言うてて今どっちも現実として迎えてるってね。
こうやって死にたくなくても死ぬ感じで乗りたくないジェットコースターに載っちゃった感じで続くんやろね。

パッとせんなー。
今日車に乗り込もうと思ったら、学生が待ってて、普通にかわいけりゃまあそれはそれでええんやろけど、目がなんかやばい感じで。
薬師丸ひろ子みたいな。正気を疑うような。頭の中のお姫様の自分に追いついてない現実を認識出来てないような。そんな感じで目を丸くさせた学生がいて。(どーでもいいけど女の人ってかわいいアピールしたいときなんか知らんけど目をやたら大きく見せようとクワ!っと開けるときあるけどそういうの怖い。)
あーなんか来るなと思ったら案の定来て、しかも成功を確信したような上気した笑顔で「今お暇じゃないですか」って。もうなんかいろんな気分になったわ。

この子がかわいけりゃさー俺の態度も違うんだろなって思うし、可愛い子って基本的にこういうことせんよね。
髪の毛がだんご屋でお茶出してきそうなおぼこさなの。
なにさまだっつー話だけど。こういう星の巡りあわせっつーのに辟易するわ。
前にも言ったかも知らんけど、俺と関ジャニ∞、同じ星を見ても足元の景色がなんでこんなに違うんじゃ。

なんかこういうことでもいろいろパッとせんわ。
まあええわ。
今日タカさんからメール来たし、 結婚式は無理らしいけどまた近いうちに会えるかもやし、侑さんの結婚式は正体無くさん感じで長く楽しめるようにしよう。

バカにするぞー。
奥さんにいろいろ言いたいなー。
この人悪人ですよとか。
楽しみやなあ。

侑さんまじめになるのはほんと悲しい。
今までもあんま会えてないけどこれでいよいよ会えんくなって、おまけにガキまで出来たら戦争でもないと集合出来そうになくなっちまった。
もーでも幸せになるんならしょうがないよなー。
しょうがない。

過去振り返っても世話になったし感謝してるし、挙句幸せになるならなー。
アホの上田とか言ってごめんなさい、反省してきた。
底なしにやさしいときあったしなあの人。
ピーターファンデンホーヘンバンドは心のホームラン王です。
今日のワンダ国営放送はやっぱ延期です。
その代わりワンダ国営放送のイメージ図↓です。
e0052676_2115176.jpg

惨めな納税者に、こういうところからメッセージが発信されています。
このままでいいんでしょうか。
[PR]
# by tutomu61 | 2013-02-08 02:14
今更ながら九州旅行記4
福岡で東横インに。
博多の街はちょっとは詳しいぜと思って康平のナビを適当に聞いてたら案の定迷って結局頼る。
部屋は1室に2つのベッド。2つのベッドの間にトイレがあるので気楽な感じ。
いったん横になってすぐに寝る。
2時間くらい寝てたら康平に起こされる。
もうちょっと寝たいと言ったら鬼の形相でほんまかよと言われたのでビビって出かけることに。
正直むちゃくちゃ疲れが出てたけど動いてみれば案外行けたし、せっかくの旅行だし。
食ったのはモツ鍋か。
康平の得意のスマートフォンで店の検索から案内までおまかせ。
どっちが慣れてるかわかんない。
モツ鍋は最高。
次の店のためにもうちょい食いたい気持ちを抑える。
んで、カラオケ行ってラーメン食ったんやったかな。
カラオケは堀内孝雄とか。
んで帰って寝る。

次の日は熊本へ。
昼くらいについたかな。
もうほんと山だらけ。
車が軽なもんで進まなくてイライラ。

阿蘇山なのか阿蘇山近くなのかのところで孝太郎と合流。
孝太郎は親父さんの車で空港からの直行便。
親父さんがすんげーダンディ。
孝太郎と合流して孝太郎のおじさんのやってるレストランへ。
内装やアンティークっぽい家具やらがおしゃれ。
景色が最高よ。
e0052676_22275490.jpg
e0052676_22275414.jpg

もちろん料理も美味しかった。
出るときに入れ違いで金持ちそうな外車が来たからやっぱそういう感じの人たちが集まる感じなんだろうなー。
魔女の宅急便でニシンのパイ持ってった女の子たちみたいな余裕感のある若者にぼくは非常に劣等感をいだきます。

そして阿蘇山へ。
阿蘇山では孝太郎ガイドが抜群の情報量でリードしてくれた。
阿蘇山山頂で直径1mくらいのマグマ?の塊が転がっているのを発見。
「これ動かせんじゃね?」とか言いながらおもむろに3人で蹴ったり押したり。
すると後から来た子どもも同じようなことをし始めて、お母さんに怒られる。
そらそうだよな。
もう3人ともしっかり社会人なのに恥ずかしいやら情けないやらで笑う。
おみやげ屋さん近くのところで霧がすげー出てて、こら神様いるわってくらい幽玄な景色やった。
馬とか雰囲気合ってた。
馬のウンコからキノコが生えてたな。
e0052676_22275492.jpg


その後はラーメン食って熊本城近くのおみやげ屋さん、そしていったん孝太郎んちに。
初盆だったのかな。
孝太郎の部屋にぼんぼりとかあって「あ、申し訳ないな」と思った。
ちょっと孝太郎のお父さんとお話をする。主に康平が。
ダンディだし、気さくさがすごい。
え、こんないいお父さんいたのってくらい。

そしてここから九州旅行で一番良かった時間。
孝太郎とパパママとお食事へ。
馬刺しやら馬の焼肉やら馬づくし。
最高!
ほんでお父さんのおしゃべりもまた面白い。
阪神ファンだというけど巨人愛もある。
話を聞いてるともともと長嶋を見て一発で心酔した長嶋ファン。
けど若い頃からの仲間が阪神に行ったので阪神ファンに、ということだそうで。
巨人愛を否定しないところとか、友情に厚いところとか自然体な人柄でかっこいいなあと思った。
俺なんか、人の気持が考えられないくせに人にどう見られたかが気になって仕方ないときもあるもんな。
精進します。
そして話はゴルフ、ゴルフ、ゴルフ。
本当に楽しそうに話するもんだからわかんなくてもこっちも楽しくなってきちゃうみたいな。
九州の人、独特のものなんかなー。
むかーし難波で飲んでた時に居合わせた50代くらいの鹿児島の人たちにお酒をおごってもらったときがあって、その時にも感じた人間の大きさ。
山口県ではお目にかかったことないです。
やっぱ土地がそうさせるんかなー。
大阪でもいろんな人にすごく良くしてもらったけど、一緒にいて感じるこの暖かさは特別だ。

二次会はご夫婦行きつけのバーに。
孝太郎も数える程しか連れて行ってもらってないそうで。
そこの雰囲気がまたいいの。高級感あって。ダンディなお父さんと美人なママさんの雰囲気にぴったり。
そこでまあちょっとあけっぴろげな話もしたけど、ママさんはずっとニコニコして楽しそうなんだよなあ。
結婚ってええもんやなあ。
2人にもいろいろあったんやろうけど、こんなエエ時間を過ごせるならええ人生やなあ。
孝太郎もええ子やもんなあ。
楽しかったし、いろいろ考えたよ。
ほんと、この時間は最高やった。
九州来た甲斐があるって感じやったね。

そしてそのまま幸太郎家に宿泊。
ほんと、なにからなにまですみません。
ここでちょっとしたゴルフレクチャーがあったりして(笑)
午前4時に出発したんやったかな。
自分らで起きれたけど心配したお父さんが起こしに来てくれてて。
別宅みたいな感じの建物やったんやけどひょっとしたらわざわざ一緒に泊まってくれてたのかも。
ほんと、ありがたかった。

e0052676_22275487.jpg

頭からおしりまで、ほんとに良い旅行でした。
まわりがどんどん結婚してるし、自分もちゃんとせんといけんし、こういうのあと何回出来るんかな。
仕事だって責任が重くなってきてる。
バカな時間、自分の時間、一生おわるときに最後に振り返ってニヤッと出来る時間。
年に1回は確保するぞ。
[PR]
# by tutomu61 | 2013-01-04 23:47